インタビュー

藤丸百貨店。「そら」米田社長の本心。新藤丸への想いと現実……

2023年1月末で閉店する北海道唯一の地元資本の百貨店「藤丸」。メディアや地元民が注目するのが再建計画です。報道合戦が過熱するなか、本当はどこまでが決まっているのでしょうか。藤丸再建のスポンサーを正式に受託した株式会社そらの米田健史社長の本心を聞きました。

現時点の最善の一手は何か?米田社長の頭の中を覗き見しました

「藤丸さん」で親しまれてきた、北海道で唯一の地元資本の百貨店「藤丸」の閉店が決まったのが今夏です。同時に明らかになったのが、地方創生を掲げている株式会社そらによる「藤丸支援」でした。十勝在住者にとっては、まさに藤丸ショック。

「本当に藤丸で買い物ができなくなるの?」「藤丸さんの包装紙でないと十勝からの贈り物にならない」「百貨店のある地方都市として誇りだった」など、惜しむ声が止むことはありません。

あれから5ヶ月。12月5日には、帯広日産自動車の持ち株会社「村松HD(帯広市、村松一樹社長)」とそらが新会社を設立して、閉店後の再建計画やその後の事業運営などを担うということが決まり、発表されました。

今後の焦点は「具体的な再建計画」ですが、過去の情報をもとにした記事や憶測も含めた情報が錯綜し、ミスリードし始めているのも事実でしょう。

企業は「生き物」です。世相を読み解いた経営者が、その時に応じた最善の一手を打つことで、歩みは大きく変わります。

インタビューを通して、藤丸百貨店(藤本長章社長)から支援要請を受けた株式会社そらの米田健史社長の頭の中を覗くことで、現時点での最善の一手が何かを紐解いてみようと思います。

藤丸再建には12のやるべきことがありました

再建計画はどうなっているのですか?という問いに対して、米田社長は開口一番、「企業理念でもある“十勝に人とお金を呼び込む”を掲げてきた当社にとって、期待されることは嬉しいですが、ひとつ一つ丁寧に課題を解決しています」と話した後、ことの始まりから説明してくれました。

藤丸の藤本長章社長から打診が届いたのは今年4月に遡るそうです。そのとき、藤丸の内情は待ったなしの状態だったそう。

このまま行けば、○月○日には資金がなくなる。多くの関係者や関係企業だけじゃなく、藤丸倒産は十勝経済にも影響を及ぼし、手が付けられなくなった土地や建物は廃墟になっていく恐れすらありました」と米田社長は振り返ります。

緊急性が高く、切羽詰まった内情は米田社長に「即断即決」を迫ります。

「2020年に設立した当社は観光・宿泊事業や食品製造事業、起業家支援事業等の各事業を通じて十勝に人とお金を呼び込み、十勝の発展に貢献できるよう活動してきました。そうした中での藤丸さんからの打診です。十勝の灯を消させないためにも、断る理由はありませんでしたが、不安はありました」(米田社長)

待ったなしの藤丸倒産を前に、引き受けるか否かが頭を駆け巡ります。

「そらとして何ができるのか」。「十勝の人々にとって藤丸さんという存在はどのようなものなのか」……。

倒産を回避するために支援スポンサーとして名乗りを挙げたとしても、その後の道筋をつけて、再建までに至るには相当な労力が必要でした。

再建に手を挙げた後に、そらとしてやるべきことは12個ありました」と米田社長が振り返る12のやるべきことが以下です。

12のやるべきこと

① 支援スポンサー候補となり、待ったなしの藤丸を潰さず閉店セールを実施すること
② 閉店セール期間中の資金ショートを防ぐこと
③ 競売になって誰に取得されるか分からない状態を防ぐこと
④ 既存の建物を有効活用すること
⑤ 地権者との交渉とかかる費用を負担すること
⑥ 金融機関との交渉とかかる費用を負担すること
⑦ 屋号「藤丸」を残すこと
⑧ 保証金をテナントに返金すること
⑨ 従業員に退職金を払うこと
⑩ 従業員の雇用問題を解決すること
⑪ 私的整理※の枠組みで解決すること
⑫ 藤丸の再建計画を立てること

※私的整理とは、民事再生、会社更生、破産などの法的手続以外の方法で、債権・債務を整理すること

以上が、4月の時点(待ったなしの短い期間)で、株式会社そらに求められた役割でした。

閉店セールについて、米田社長は「倒産してしまえば、閉店セールもできません。閉店セールができれば、売上や利益を出すことができ、雇用問題の解決する時間を得られます。だからこそ、当時の至上命題は①のすぐにスポンサーとして名乗りをあげて閉店セールにつなげることでした。正式に名乗りをあげたことは公表しませんでしたが・・・」と話します。

つまり、4月の時点で最後の頼みの綱でもあった、そらが支援をしなければ、今頃「藤丸」は倒産し、従業員は即解雇。資産は抑えられ、廃墟のような施設が建っている状態になっていた可能性もあります。

米田社長の「英断」は、現在も続く閉店セールに繋がり、1月末の閉店に向けた、従業員への対応や再建に向けた検討を進めることができているのです。

帯広日産・村松一樹社長との出会いと新会社設立まで

冒頭で書いた通り、2022年12月5日、帯広日産自動車の持ち株会社「村松HD(帯広市、村松一樹社長)」と株式会社そらの2社は、新会社設立を発表。同時に藤丸再建のスポンサーを受託したことも正式に表明しました。

事実上の新藤丸となる新会社は資本金1,000万円。村松HDが51%、そらが49%の出資比率で、代表権を持つ社長(最高経営責任者=CEO)は村松氏(60)、米田氏(36)は最高戦略責任者(CSO)に就くことが決まりました。

松村社長との合意形成について米田社長はこう語ります。

「村松さんのことは、野村證券時代から存じ上げていました。帯広日産を日産自動車本体からMBOした手腕の持ち主に是非とも会いたいと思っていました。当時、願いは叶いませんでしたが、結果的に藤丸再建という挑戦的な難問に挑むタイミングで叶いました。最初にお会いしたのは今年9月です。私たちが経営する中札内村のグランピングリゾート、フェーリエンドルフにお越しいただいた際に名刺交換をしました。その後、11月25日に藤丸再建をテーマとして話し合いをさせていただきました。その際に村松さんから頂戴したのが『どんな形であっても、協力するから安心してほしい』という心強い言葉でした」

話し合いから5日後の11月30日、2人は「新しい藤丸」という形で進めることで合意。代表を村松氏、米田社長は戦略責任者という形で進めることが決まりました。

「なぜ村松氏が代表なのか?」について、米田社長は「村松さんは、十勝への想い、街中中心部活性化への想い、藤丸さんへの想いに溢れている方です。条件付きの応援をして下さる方々は沢山いますが、村松さんは違いました。“自分は本当に株も報酬もいらないんだ。自分が藤丸に対して出来ることを全力でやる。今まで米田さんが頑張ってきたんだから。米田さんがこうして欲しいという話を自分にぶつけてくれたらいい”という言葉を聞いて、この人が代表なら必ず明るい未来を切り拓いてくれる。そして村松さんが代表なら、自分の戦略も活きると考えました」と明かします。

新藤丸構想は大事だが、今は現藤丸を着地させることが優先

新藤丸は、村松氏が代表として率いることが決まりました。新藤丸に求められたのは、過去のしがらみと無関係であるからこそ可能な大胆な変革でした。新しい発想で挑み続ける米田社長らしい決断だったのかもしれません。また、それに応えられるプロ経営者(村松氏)が十勝にいたという必然も忘れてはなりません。

私は、当初求められた12の役割を遂行することに全力を注ぎます。目下、力を注ぐのは1月末の閉店に向けてどのように着地させるかです。新会社を応援してくださるお気持ちもとても嬉しいですが、まずは現藤丸が行っている閉店セールを全力で応援して頂きたいです」(米田社長)

藤丸から支援の打診を受け、これまで8ヶ月間を走ってきた米田社長。

「藤丸百貨店の再建」という計り知れないプレッシャーを背負いながら戦い続けた米田社長を支えてきたのは、株式会社そらを立ち上げた際に掲げた「十勝に人とお金を呼び込む」という信念でした。

今回、村松氏という強力なパートナーを得たとはいえ、閉店までの残り1ヶ月半、米田社長の難しい舵取りはまだまだ続きます。

「藤丸再建」は、全ての人が納得する形にはならないでしょうし、「新藤丸」が走り出すにはもう少し時間がかかります。それでも、米田社長の決断と実行力は、十勝の将来に明るい兆しを照らすことでしょう。

みなさん、先ずは藤丸百貨店の閉店セールに足を運んで、応援しましょう!

取材・文/北川宏(SUMAHIRO.COM編集長)

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