地元十勝の小麦を100%活用し、地域独自のパン文化を築き上げる
インタビュー企画「そらと考える:地域共創の現在地とこれから」では、株式会社そらが持続可能な地方創生への模索を続ける中で、各業界のフロントランナーの方々をゲストとして招き、十勝の企業や個人の取組みが地域の発展にどのような意味を持ち、どのように貢献しているかを掘り下げていきます。また、十勝がこれから将来にわたり発展し、地域外から人々を惹きつける為には何が必要なのか?という観点で、ゲストたちが考える地域・業界の課題や、それを乗り越えるための革新的な取り組みにも焦点を当てるインタビュー企画です。
第一回目のフロントランナーは、パン業界で地域と共に成長を遂げる「ますやパン(満寿屋商店)」の杉山雅則社長です。ますやパンは、地元十勝の小麦を100%活用し、地域独自のパン文化を築き上げることで、地域の食文化の向上だけでなく、十勝地域の経済活性化にも寄与しています。代表である杉山社長にインタビューし、同社がどのようにして「2030年とかちパン王国の実現」という大きなビジョンに向かって推進しているのかを紐解いてゆきます。
地域共創の精神を具体的なビジネスモデルに落とし込んだ杉山社長の話からは、地方創生の現在地とこれからの方向性が見えてきます。杉山社長との対話を通じて、地域共創がもたらす可能性と、地域に根ざした企業が直面する課題について深く探求していきましょう。(取材:株式会社そら ・西麻衣子 三浦豪 / 記事・写真:スマヒロ編集部)
PROFILE
杉山 雅則 | すぎやま まさのり
満寿屋商店 代表取締役社長 | 1976年生まれ。帯広市出身。帯広柏葉高校、第一工業大学(鹿児島)。アメリカ製パン科学研究所(AIB)で勉強後、ニューヨークのベーカリーで製パン修業。帰国後、2000年に東京の製粉会社へ就職。02年満寿屋商店入社。07年に4代目社長に就任。09年に日本で一番大きいパン屋「麦音」を開店。10年に「2030年 十勝がパン王国になる」ビジョンを掲げる。
一問一答は以下
「2030年とかちパン王国」の野望はどのようにして生まれたのか
杉山社長は、先代から受け継いだ事業を継続することに留まらず、自らの手で未来にむけた新しいビジョンを描き、規模をさらに大きく広げていくという強い意思をお持ちのように見えるのですが、このビジョンがなぜどのようにして構想されたのか、その背景をお聞かせ頂けますか?
「2030年十勝がパン王国になる」というビジョンを描いたのは2010年のことでした。先代(父)から受け継いだ「全商品を十勝産の小麦で製造する(2012年に達成済)」という大きなプロジェクトが進み始めたころです。「パン王国になる」には、当社のパンだけでなく、十勝地域全体が美味しいパンで知られることが必要であり、私達はその先駆者になることを目指しているんです。
“パン王国”というのは非常にユニークな表現ですが、この言葉を選んだ理由はあるんですか?
パン王国という言葉には、単に良いパンを作ること以上の意味が込められています。十勝地域全体で地元産の小麦を使用した高品質なパンを提供し、それを通じて十勝の名を全国に広めることです。十勝をパンの一大拠点として位置付け、地域経済を活性化させる一大プロジェクトであると捉えています。
例えば、十勝はすでにスイーツが有名で、「スイーツ王国」と呼ばれることもあると思います。そんな中で、パン王国の実現に向けては何が必要だと考えているんですか?
はい、スイーツ同様に、パンにも地域性を持たせることができれば、十勝がパンの名産地としても認知されるはずだと考えています。そのためには、品質の高い地元産小麦を積極的に使用し、地元でしか味わえないユニークなパンを創出することが重要だと考えています。
なるほど!地元の農産物を使い、地産地消を推進することが十勝のパン業界の変革への鍵ということですね。
はい、私達は十勝の豊かな農業資源を生かし、小麦以外にも水、チーズ、牛乳など地元産の食材を主体にしたパン作りを推進しています。また、パンを作ることに留まらず、それを通じて農業そのものの価値を高め、地域全体のブランド力向上を図っていくことが目標なんです。
22年には社内に「とかちパン王国準備室」を設置。パン王国実現へ一歩を踏み出す
今さらですが、改めて2030年に向けての具体的なプランや、現在取り組んでいることを教えて下さい。
具体的には、地元の小麦を使用したパンの製造をさらに拡大し、新商品の開発を進めています。また、地元農家との協力体制を強化し、持続可能な農業と食文化の創造への取り組みも進めています。
「とかちパン王国準備室」という部署が社内に設置されているようですが、まさにパン王国の実現を本気で目指している意気込みが感じとれますが、実際にパン王国準備室とは何をする部署なんですか?
はい、とかちパン王国準備室は2022年に設立。主に取り組んでいることとしては広報活動ですね。「麦音」の拡張計画の一環として、これまでとは違う規模の活動を展開する必要があったので、準備室を設置したという流れです。
ビジョン実現のためとはいえ、実にユニークな名前の部署です。上から目線ですがとても面白いですね。
こんにちは、ライターのタカシマです。十勝の住民から愛される街のパン屋さん「満寿屋(ますやパン)商店」。私も子どもの頃からずっと食べてきた、まさにソウルフード。流行りの高級食パンも良いですが、やっぱり足が進むのは満寿屋(ますやパン)。今回は、私の大好きな満寿屋の魅力についてクローズアップしちゃいます。
ありがとうございます。準備室の活動を通じて、企業としての姿勢や、そこで働く意欲を持った人たちも集まっています。年間、数人ですが地域外から移住して入社してくれているメンバーもいるんです
パン王国実現という壮大なプロジェクトに関わることで、わくわくするような魅力を感じる人も多いですよね。
現在は人手不足や原材料の高騰など、業界全体として厳しい環境に直面していますが、お客様の支持もあり、何とか前進しています。
私も移住者の一人として、十勝の魅力に引かれて来ているのですが、十勝での生活や産業についてはとても大きな可能性を感じています。
たとえば十勝であれば、早期に家を建てローンを返済し、余裕のある生活ができる可能性があります。満員電車のストレスもなく、人間としての感覚が麻痺することもありませんから!
たしかに!十勝で暮らし、働くことの魅力を伝えていくことも重要ですよね。なにより、準備室の活動によって域外から移住してくる人たちも増え、地域社会の活性化に寄与しているのがすごいです。それにしても、「麦音」はパン屋とは思えないほど広大な敷地をもち、芝生や小麦農園まで圧巻です。
ありがとうございます。満寿屋のフラッグシップ店舗である「麦音」は日本一の広さを誇るベーカリーなんです。今後は更に敷地を拡大し、パン王国を推進していくための施設拡張計画もあるんです。
ご当地パンへの情熱は十勝から遠く離れた地で生まれた―アメリカやヨーロッパを渡り歩き、見えてきた十勝の可能性
ますやパンさんの現在地とこれからが見えてきました。今さらですが、杉山社長がパン業界に入るきっかけや背景についても少しお伺いしてもよろしいですか。
実は生まれたときからパン屋で育っていることもあり、パン屋を職業として真剣に見たことがなかったですね。ところが、ふるさと十勝・帯広を出た後で、パンに本格的にはまることになるんです。
大学進学で鹿児島に移住して1人暮らしを始め、自分で食材を選んで自炊するようになり、食べ物への興味が湧いてきた頃、食べ物関係のアルバイトを始めようとして勤めた先が、たまたまパン屋だったんです。
はい、そこで働いて、パン屋という仕事がとてもいいものだと感じたんです。お客さんが目の前で喜ぶのを見るのが嬉しく思いました。
いえ、違うんです。実は、私がパン業界に興味を持ったきっかけは鹿児島でしたが、大学卒業後に留学したアメリカでも影響を受けることになりました。アメリカ製パン科学研究所(AIB)で食品科学を学びながら、異文化の中でパンとその文化的意味を深く理解することができたことで、家業であるパン屋を意識しはじめました。
えっ!Uターンせずに留学。では留学から帰国後、どのようにして家業に入ることに?
帰国後、しばらくは東京の製粉企業で働いていましたが、その後家業の可能性に気づき、本格的にパン作りに専念することを決めました。パン作りの技術だけでなく、ビジネスとしての側面も学びたいと考え、経営学も学びはじめたんです。
Uターンするのはまだ先のことなのですね。インタビューが長くなりそうです。さて家業を継ぐと決意を固めた具体的なきっかけは何だったのでしょうか。
新婚旅行で、ヨーロッパに行ったときのことでした。長期間、バックパッカーとして欧州の各地を旅行してみると、行く先々で地元の食材の特性を生かしたパンが作られていて、地域の人々がそれを誇りに思っている情景を目の当たりにし、その多様性と地域ごとのパンの文化に魅了されたんです。
なるほど!それを十勝に根付かせようとUターンを決意したんですね。
地元の十勝にもそのポテンシャルはあるはずだし、そうした文化を根付かせたいと強く感じて帰国したことで、決意が生まれたようにも思います。
新婚旅行でバックパッカーというのも気になりますが、話が長そうなので聞きませんが、パン業界への情熱を新たにしたわけですね。杉山社長の経験が、ますやパンの現在の成功にどのように影響していると感じますか?
多くの異文化経験が、私たちのパン作りに深い理解と独自性をもたらしています。それが、地元十勝の食材を活用したユニークな商品開発につながり、顧客に新しい味わいと体験を提供することができています。この地域の農業とも密接に連携し、農業が持つ可能性を最大限に活かしたいと考えています。
鹿児島でパンに目覚め、アメリカでパンを研究し、新婚旅行でパンの文化を知り、十勝にUターンしたわけですね。
はい、2004年に戻ってきて、十勝がとても素晴らしいところだと改めて感じました。ただ、その価値を地元の人も十分に理解していなかったのが残念でした。
パン王国が十勝の誇りとなり、次世代に豊かさを繋いでいくために
確かに、小麦大国の十勝においても、海外の小麦で作られたパンを食べている人が多いですよね。
そうです。まずは地元の人に十勝の価値を理解してもらいたいです。また、子供たちにその価値を知ってもらうために、地産地消と食育を組み合わせて取り組んでいます。
紆余曲折あり、前述の「2030年十勝がパン王国になる」の話につながるわけですね。
はい、私たちはパンの技術だけでなく、地域と連携してどう価値を高めるかを教える学校のようなものも作れないかと構想しています。パン作りをきっかけとして、十勝の魅力をもっと多くの人に知って頂くことを目指しています。
例えば2005年から始めたピザ作り体験は、既に850回以上実施しているという実績もあります。
850回も!それはすごいです。850回もピザ食べたことないですし、その取り組みが、地域コミュニティの形成や、人々が集まる文化を育てるのに役立っていますね。
食は人と人との関係を築く大きな要素です。特に子どもたちがピザ作りを通じて食の楽しみを学ぶことは、デジタルが主流の現代においては特に重要だと思うんです。
そうした小さな取組みがきっかけとなり、将来ユニークなパン屋が増えることにも繋がりそうですね。 「ますやパン」から独立して開業される方もいたりするんですか。
はい、2023年の12月に、うちで14年働いていた職人が独立しました。帯広市の清川エリアで、農家さんの畑の中にコンテナハウスを設置し、ベーカリー機材を入れてオープンしたんですよ。
はい、そのコンテナベーカリーは本当に面白いですよ。その職人さんは弊社の副店長まで務めていた方で、黒豆からパンを作り始めたんです。
そういう特徴的な店が増えていくことで、十勝全体がパンにとってのディズニーランドみたいになるかもしれませんね。各店が独自のアトラクションとして楽しめるから、十勝のパン屋巡りが一つのツアーとして成立するでしょう。
ますやパンは、あくまでそのうちの一つというわけですね。他にも魅力的な店がたくさんあってもいいですよね。
そうですね、私たちは、今後シンボルになるような場所をこれからも拡張していく予定ですが、ここに来た方には「十勝のパンがすごい!」というイメージを持ってもらい、それから他のパン屋さんも訪れてもらうという流れを作りたいですね。
なるほど、それは十勝をパンの地域、香川県の「うどん県」ならず、パン県(道?)にするというビジョンですね。地元の食材を活用した商品がそのまま地域を代表するブランドになるということですね。
はい、その通りです。十勝のパン屋がどんどん増えていくことで、地域全体が活性化すると思います。
2030年に向けて、そのビジョンが実現することを楽しみにしています。
今、地方を巡ってパンを売る活動(移動パン屋)もしています。パン屋がない街に行くと、本当に皆さんがパンを買ってくれますから。
ますやパンさんが本気でパン王国の実現に取り組む重要性や必然性を知ることができました。先代の想いを受け継ぎ、十勝独自のパン文化の普及活動を進める「ますやパン」のこれからがとても楽しみです!
PROFILE
西 麻衣子 | にし まいこ
帯広市出身。札幌で大学卒業後、結婚・出産を経て、不動産会社で3年の勤務経験を得たのち、父の会社「キャピタル・ゼンリン株式会社」に入社。フェーリエンドルフの運営や不動産運用の仕事に従事していたが、父の逝去に伴い代表取締役に就任。コロナ禍に突入し経営難と奮闘中に米田健史と出会う。株式会社「そら」との経営統合を決断し、今に至る。現在、株式会社そら不動産管理責任者。
北海道十勝、豊穣の大地が生んだ一期一会の対話。地方創生を牽引する企業「そら」。今回は、帯広に新天地を求めた移住者たちを受け入れ、共感し、融合することで新たな地方創生ベンチャー「そら」を誕生させた西麻衣...
PROFILE
三浦 豪 | みうら ごう
株式会社dandan 代表取締役 | PwCの戦略コンサルティングチームStrategy&、ベンチャーキャピタルの Reapraグループを経て、2021年に株式会社dandanを創業。人や組織は「だんだん」変容するというコンセプトで、企業研修や経営支援、コンサルティングを行っている。2023年に帯広市に移住したことをきっかけに、SORAtoインタビュー企画のディレクターとしても活動している。
今回の主役は、北海道・十勝に移住した三浦豪さん。米国シアトルのワシントン大学を卒業し、世界最大級のプロフェッショナルサービスファーム「プライスウォーターハウスクーパース(PwC)」の戦略コンサルティング...