第六回目のフロントランナーは、十勝の台所「帯広地方卸売市場」。十勝の食文化を支え続けて110年を超える歴史ある企業です。地域の生活を支える物流網の再構築や、海外市場への展開など、日々進化を遂げる市場。その舵を取るのが代表取締役社長の髙嶋昌宏氏。幼少期の十勝での思い出や、地域への深い愛情が原動力となっている髙嶋社長に、市場の未来像について伺いました。(取材:株式会社そら 西麻衣子三浦豪 / 記事・写真:スマヒロ編集部)
PROFILE
髙嶋 昌宏|たかしま まさひろ
1965年、北見市生まれ。帯広若葉小、帯広第八中、芽室高、東海大卒。1988年入社。果実畑を歩み、2018年取締役。22年代表取締役社長に就任。母方の実家が元畑作農家(幕別)で、幼少期や学生時代はよく手伝った。
子どもの頃から祖父母の農家を手伝ってきた
一問一答は以下の通り
生まれは北見ですが、育ちは十勝ですね。幼い頃の十勝での思い出をお聞かせください
子どもの頃は、祖父母が幕別で農業を営んでいて、よく手伝いに行きました。じゃがいもを農協に出荷するための力仕事もありましたが、それが当たり前だと思っていましたね。自然の中で過ごす時間が多く、畑や野山で遊ぶのが楽しかったですね。
幼少期の経験が今のお仕事に影響を与えているのでしょうか?
そうかもしれません。祖父が「農業系の学校に行って農業を継げ」とよく言っていたんです。当時は別の学校を選び、その後大学では機械工学を学び、違う道を選びましたが、結果的には、十勝に戻り、帯広地方卸売市場に入社。地域の食文化を支える仕事に就くことになりました。
十勝に戻ってきても農業は継がなかったのですか?
実は、市場に入ってからも時間の許す限りは祖父母の仕事を手伝っていました。20代の頃は、朝から晩まで働き詰めで身体は鍛えられましたね。そうさせたのは、幼少期に感じた十勝の豊かさが、私の原点にあったからこそ。そうした思い出や想いが、”食“に関わる仕事に一心に携われたのだと思います。
十勝に戻ることに迷いはありませんでしたか?
全くなかったですね。学生時代に東京に行ったとき、都会の喧騒がどうも苦手で、「やっぱり十勝が一番だ」と感じました。広々とした自然や、人の温かさがある十勝は、私にとってかけがえのない場所です。
市場の一般開放と地域交流
場外市場やイベントが地域の方々に親しまれていると伺いました。
帯広地方卸売市場は、創業110年を超える民設民営の総合卸売市場です。過去の市場は、プロの仲買人による「競り」が当たり前でした。しかし、近年は流通の変化などで市場の代名詞である「競り」も激減し、相対取引が一般的になりました。そこで、一般の方々に馴染みがなかった市場という存在を、身近に感じてもらえるよう、平成20年に場外市場を大きく建て替え、市場直営の食堂(「ふじ膳」)を設けるなどの取り組みを行いました。その結果、一般的には「取引の場」というイメージが強かった市場が、連日多くの人々が訪れ、賑わう場所に変わっていきました。何より、市場の雰囲気を身近に感じてもらえるようになったことが嬉しいです。
現在の場外市場の様子はいかがですか
はい、特に夏場のツーリング客が朝早く訪れ、朝ごはんを楽しんでから出発される光景が特徴的だと想いますね。また、工業団地の立地を生かして、出勤途中の朝食の場として利用されたりと、働く方々の生活の一部として市場を活用していただけていることも嬉しい誤算でした。
改めて、場外市場の役割をどう捉えているかを教えてください。
市場の役割は、地域(十勝)の生活を支えることです。ですが、取引相手が限られているため、一般の方々にその重要性が伝わりにくいんです。そこで、場外市場の活性化や、年に1度の「おびひろ市場まつり」を開催して、市場を身近に感じてもらうよう努めています。
地元十勝の方の利用者も多いと聞きました。
土曜日の限定朝食などは行列ができるほど好評です。市場が「十勝の台所」として地域の食を支えるだけでなく、生活の一部として親しまれる存在でありたいと思っています。
商工会議所での活動と地域活性化
地域活性化に向けて、帯広商工会議所での活動にも積極的に取り組まれていらっしゃると伺いました。
はい、現在は十勝の企業と連携し、中心部の空洞化問題に取り組んでいます。市場単体では解決できない課題ですが、地域全体の活性化を目指して尽力しています。これもひとえに、過去には直接的な接点のなかった地元で生活する方々と、接するようになってきたからですね。
積極的に取り組まれることになったきっかけはあったのですか
大きなきっかけはありませんが、あるとき、帯広市の中心街を歩いていて「人がいない!空き店舗や更地がこんなに!」と驚き、自分自身の無関心さを反省したのは事実です。そして、改めて「買受人(スーパー・小売店・八百屋・魚屋・花屋)の後ろには十勝で生活する人たちがいて、市場は十勝(地域)の方々に支えられてきたんだ。だったら、十勝のためになにかしなければ」と思い、動きだしました。
商工会議所に積極的に携わってみていかがでしたか
これまでお付き合いのなかった地元経営者と話すうちに「市場として手伝えることはある」と感じるようになりました。商業委員会に所属して、広小路マーケットのイベントを手伝ったり、少しでも中心部に人が集まるようにと、日々、考えるようになりました。
市場としての役割を広げるということですね
ええ。これからも地域に根ざしながら、食の流通を支える立場として貢献していきたいです。
物流の課題が新たなチャンスを生む
2024年を振り返ると物流問題は市場にどのような影響を与えたのでしょうか?
2024年、いわゆる「物流2024年問題」が現実のものとなり、運送会社の撤退で一時的に配送網の維持が難しくなりました。ただ、これは新たなチャンスにもなりました。新たな物流会社と提携することで配送の選択肢が広がり、効率化やコスト削減に繋がった部分もあります。
課題がチャンスに変わったのですね。
まさにその通りです。道内配送への影響を最小限に抑えつつ、道外配送についても改善の余地が見え始めています。市場としての役割を果たすため、柔軟に対応していく姿勢が重要だと再認識しました。
海外への輸出と新物流施設
昨年、海外への長芋輸出が実現したと伺いました。
そうです。初めての海外市場への直接輸出で、大きな一歩でした。例えば、台湾ではすでにブロッコリーやキャベツの需要もあり、今後は長芋に限らず様々な品目を輸出できるよう、この流れを太くしていきたいと考えています。
国内ではどのような取り組みを進めていますか?
2026年には定温物流施設の着工を控えています。この施設は北海道内の物流の中継拠点として機能する予定で、地域全体の食材供給の安定化に寄与するものです。
物流施設の完成が待ち遠しいですね。
はい。それに向けた営業活動を強化しつつ、「信用」「向上」「継続」の社是を胸に、新しい挑戦を続けていきます。
未来に向けて
最後に、帯広地方卸売市場の未来像を教えてください。
「十勝の台所」として、地域の食文化を支え続けることが私たちの使命です。そのためにも、物流の効率化や新たな市場の開拓を進め、地域に恩返しする形で成長していきたいと思っています。
PROFILE
西 麻衣子 | にし まいこ
帯広市出身。札幌で大学卒業後、結婚・出産を経て、不動産会社で3年の勤務経験を得たのち、父の会社「キャピタル・ゼンリン株式会社」に入社。フェーリエンドルフの運営や不動産運用の仕事に従事していたが、父の逝去に伴い代表取締役に就任。コロナ禍に突入し経営難と奮闘中に米田健史と出会う。株式会社「そら」との経営統合を決断し、今に至る。現在、株式会社そら不動産管理責任者。
北海道十勝、豊穣の大地が生んだ一期一会の対話。地方創生を牽引する企業「そら」。今回は、帯広に新天地を求めた移住者たちを受け入れ、共感し、融合することで新たな地方創生ベンチャー「そら」を誕生させた西麻衣...
PROFILE
三浦 豪 | みうら ごう
株式会社dandan 代表取締役 | PwCの戦略コンサルティングチームStrategy&、ベンチャーキャピタルの Reapraグループを経て、2021年に株式会社dandanを創業。人や組織は「だんだん」変容するというコンセプトで、企業研修や経営支援、コンサルティングを行っている。2023年に帯広市に移住したことをきっかけに、SORAtoインタビュー企画のディレクターとしても活動している。
今回の主役は、北海道・十勝に移住した三浦豪さん。米国シアトルのワシントン大学を卒業し、世界最大級のプロフェッショナルサービスファーム「プライスウォーターハウスクーパース(PwC)」の戦略コンサルティング...