インタビュー企画「そらと考える:地域共創の現在地とこれから」では、株式会社そらが持続可能な地方創生への模索を続ける中で、各業界のフロントランナーの方々をゲストとして招き、十勝の企業や個人の取組みが地域の発展にどのような意味を持ち、どのように貢献しているかを掘り下げていきます。また、十勝がこれから将来にわたり発展し、地域外から人々を惹きつける為には何が必要なのか?という観点で、ゲストたちが考える地域・業界の課題や、それを乗り越えるための革新的な取り組みにも焦点を当てるインタビュー企画です。
第三回目のフロントランナーは、最先端の酪農機器や環境事業を展開する土谷特殊農機具製作所の代表取締役 土谷賢一さんです。十勝を拠点に製造・販売するミルキングパーラーや糞尿処理システムなどの酪農機器は北海道内の大規模酪農家に幅広く導入。家畜ふん尿から再生可能なエネルギーであるバイオガスを発生させ、電気と熱エネルギーを生産する『バイオガスプラント』など環境事業にも積極的に取り組むなど、北海道の産業発展に寄与。「エネルギーの地産地消を目指しています」述べる土谷代表に、次の一手や未来へのビジョンについてお話を伺いました。(取材:株式会社そら 加藤直樹 三浦豪 / 記事・写真:スマヒロ編集部)
PROFILE
土谷 賢一 | つちや けんいち
1971年帯広市生まれ。帯広柏葉高校卒業後に上京し、東京工科大学工学部卒業後、1998年同社に入社。2022年に代表取締役に就任。
搾乳用のバケツからバイオガスプラント開発まで
一問一答は以下
今日はよろしくお願いいたします。先ずは土谷特殊農機さんの歴史について、簡単に教えて頂けますか?
当社は1933年に牛乳の輸送缶や搾乳用のバケツを扱うところからスタートしました。それ以来、酪農業に係る機具・機材、そして給餌・搾乳、糞尿処理システムなど、酪農業の様々なニーズに応えるべく進化し続けています。
世界の技術を積極的に取り入れていくという理念も拝見しました。
はい、当社のモットーである「Think Globally, Act Locally(世界の技術を地域で実践)」を大切にしながら、世界の最先端技術や機器を当社主導で積極的に導入し、長年培ってきたノウハウと掛け合わせることで、十勝、北海道、そして酪農産業に寄与し続けていくことが土谷特殊農機具製作所の使命なんです。
帯広→東京→オランダを経て十勝にUターン
土谷社長が十勝でどのように育ったかについても教えてください。
十勝・帯広で生まれ育ち、自宅は会社のそばにあるという環境でした。子どもの頃から、漠然と将来は会社を継ぎたいと思いながら育ったんです。十勝は昔から、スポーツが盛んで、夏は野球、冬はスピードスケートと楽しんでいましたね。当時は長野五輪の金メダリストである清水宏保選手が帯広にいて盛り上がっていた時期でした。
その後、大学進学時に上京されたのですか?
はい、大学進学で上京し、卒業後は仕事の一環で、取引のあったオランダに1年半滞在することになりました。オランダは欧州でも農業が進んでおり、特に酪農は最先端の技術が集まる国でした。オランダでの学びがあったからこそ、帰国後、十勝においてもより先進的な酪農技術を取り入れていくことができたのではないかと考えています。
オランダでの経験は土谷さんにとって貴重なものになったんですね!
当時、すでにオランダでは搾乳ロボットが普及しており、精密機械や最先端のテクノロジーを活用した酪農が行われていました。
なるほど、農業大国というとアメリカのイメージがありますが、実はヨーロッパが進んでいるという面もあるんですね。
アメリカ式とヨーロッパ式があるとすると、アメリカ式はとにかく広大な土地を生かした、ある意味大雑把な農業をするという特徴があります。対してヨーロッパでは限られた土地や資源を有効活用するための技術を活用したり、緻密な農業が求められることが多いんです。十勝はアメリカ式と思いきや、実はヨーロッパのような進んだ技術もあわせ技で取り組んでいく必要があると考えているんです。
たしかに、世界的に見ると十勝平野も必ずしも広いとはいえないですよね。
はい、当社も十勝で最新のロボットを導入し、なるべく人手を使わずに効率的な酪農を実現するシステムを取り入れています。近年は人手不足が深刻で、外国人労働者を受け入れたり、自動化を進めたりしている酪農家が多いと思います。最近は牛が自発的に搾乳機に入って搾乳され、再び寝床に戻るというシステムも普及しつつあります。
手作業の搾乳をロボット化させ、手作業のふん尿処理を自動化させ発電も
現在では、土谷特殊農機さんの得意分野が十勝や北海道の酪農を支えているわけですね!
搾乳の自動化は、酪農の効率化に大きく貢献していますが、その普及には時間と労力がかかります。私たちは、従来の手搾りから始まり、機械搾乳への移行、さらにはロボット搾乳へと進化してきました。これらの変化を受け入れるには、もちろん農家の方々の理解と協力が必要です。それを根気よく啓蒙活動してきたことで、十勝の酪農も変わってきたんです。ただ、これも10年後には新たな技術革新でまったく違う酪農になっているかもしれません。
近年は環境事業やバイオガスプラントといった事業にも取り組んでいらっしゃるんですよね。
はい、私たちは酪農機器の製造・販売・メンテナンスに加えて、自然冷熱を利用したアイスシェルターやバイオガスプラントなどの環境事業も行っています。バイオガスプラントは、牛のふん尿からメタンガスを取り出し、それをエネルギーとして利用するシステムです。これは環境保護と持続可能なエネルギー利用の観点から非常に重要です。
手作業からロボットへ。そして、持続可能な酪農へと変化していっていると。
十勝のような酪農が盛んな地域では、ふん尿の処理が大きな課題なんです。私たちのバイオガスプラントは、ふん尿を効率的に処理し、環境負荷を軽減するために役立っています。
バイオガスプラントで発生した電力を売電することにより牧場運営のコストを削減し、電力需給増への対応にも繋がっていて、社会的にも意義が大きい事業ですね。
現在はFIT(固定価格買取制度)によりコスト還元がもたらされていますが、将来はわかりません。今後も人手不足など、さまざまな課題に直面していくでしょう。だからこそ、弊社はこれからも技術革新を続け、より効率的で環境に優しいシステムを提供していきたいと考えています。
カーリング場を運営する意図は、地域貢献だけではない
少し話を変えて、土谷特殊農機さんと言えば、カーリング場の運営もされていますよね。
帯広のカーリング場は、2代目社長である私の父が雪氷エネルギーの実験施設として作ったのがきっかけです。カナダから技術を持ち込み、通年利用できる施設として運営しています。この施設は、地元のスポーツとしてカーリングを普及させるだけでなく、環境エネルギーの実験場としても活用されているんです。
なるほど。スポーツ文化の発展だけでなく、環境に配慮した試みがされているとは知りませんでした。
もちろん、カーリングは年齢や体力に関係なく楽しめるスポーツで、地元の人々にとって重要な交流の場となっていることも確かです。特に修学旅行生や地域の子どもたちにカーリング体験を提供することで、スポーツの楽しさを広めています。私たちは、カーリングを通じて地域の活性化に貢献したいとも考えているんです。
地域貢献の話に移ったところで、今一度、現在の十勝に対する思いを聞かせてください。
私自身も外(東京とオランダ)に出て初めて十勝の魅力を再認識しました。北海道の気候や食べ物の美味しさは、外から見ると本当に素晴らしいもの。しかし、地元に住んでいるとその魅力に気づかないことが多いです。私はオランダでの経験を通じて、十勝の良さを改めて感じたことが今につながっています。
環境事業が北海道十勝の酪農を変え、持続可能な牧場に貢献する
とはいえ、北海道も気候変動で最近は暑い日が増えていますよね。
仰るとおりです。昨年はビートの収穫が厳しかったですが、小麦は良かったですね。その年によって良い悪いがあります。しかし、気候変動による暑さの影響で、昨年は乳量が10%落ちました。牛は暑さに弱いので、暑さ対策として水を噴霧する扇風機を導入する必要もあります。
気候の変化で北海道の酪農業も変化していると。
昔は必要なかったものが、現在では必要になってきています。牛舎の換気や温度管理のシステムが求められるようになりましたし、また環境面への取り組みの変化として、バイオガスプラントで残る液体処理がさらに再利用できることがわかってきました。
詳しく教えて頂けますか?
例えば、昔から家畜ふん尿は処理を施し、畑にまくことで肥料としての価値がありました。同じように、バイオガスプラントで発酵処理された後の残渣は、バイオガスプラント消化液(以下消化液)と呼ばれ、主に液肥として農業や家庭菜園での有効利用が進められているんです。現在、弊社でもこの消化液をさらに研究して、肥料価値の高い消化液をいかにコストを下げて再利用できるかを進めているんです。
事業の話に戻ってきましたね。例えばオランダのように、海外への展開も計画されているんでしょうか?
すでに海外には取引先はありますが、拠点があるわけではありません。今後、海外展開も行いたいと思っていますが、お客様への継続的なサポートが求められるビジネスですので、やはり優先順位としては国内です。十勝や北海道をベースに、国内でも飛行機が行きやすいところに広げていきたいですね。
なるほど。今後のビジョンについて教えてください。
私たちの基本的な使命は、農業に寄り添った事業を続けることです。現在の酪農機器の提供に加えて、水処理(消化液)など新しい分野にも挑戦していきたいと考えています。自社での開発を進め、輸入品に頼らずに円安を乗り切ることも重要です。また、発電事業や環境事業にも力を入れ、持続可能な社会の実現に貢献したいですね。
日本の酪農を持続可能にしていくという大きな使命があるんですね。
そこまでだいそれたことは言えません。けれど、私たちは新しいことに挑戦し続けるフロントランナーでありたいと考えています。農家が減少する中で、規模を拡大したいと考える農家に対して、最適な技術を提案し続けることが私たちの役割です。これからも技術革新を続け、農業と環境の両面で持続可能な社会を目指していきます。
PROFILE
加藤 直樹 | かとう なおき
群馬県前橋市出身。武蔵大学を卒業後、野村證券入社。最初の配属地、とかち帯広営業所でそら代表の米田健史と出会う。その後、大阪の支店で2年勤務。2024年2月、株式会社そらにジョイン。現在は社長室長として社長をサポートする。
PROFILE
三浦 豪 | みうら ごう
株式会社dandan 代表取締役 | PwCの戦略コンサルティングチームStrategy&、ベンチャーキャピタルの Reapraグループを経て、2021年に株式会社dandanを創業。人や組織は「だんだん」変容するというコンセプトで、企業研修や経営支援、コンサルティングを行っている。2023年に帯広市に移住したことをきっかけに、SORAtoインタビュー企画のディレクターとしても活動している。
今回の主役は、北海道・十勝に移住した三浦豪さん。米国シアトルのワシントン大学を卒業し、世界最大級のプロフェッショナルサービスファーム「プライスウォーターハウスクーパース(PwC)」の戦略コンサルティング...